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友人の優しさ

花粉症だと思っていたのは何だったのだろうか?
3日目くらいには、そんな症状は無くなっていた。
日本の風土に慣れた???ただの疲れだったのかな?

帰国早々、久しぶりに会った友人から優しさの詰まったギフトを渡された。
それは、自分では気付かなかった思いやりの詰まった物で・・・。
小ぶりの洗濯セットやお茶シリーズ。必要な物と癒すものが負担にならない量で詰め合わされていました。

 友人の優しさは自分の考えにまさる。(旧約聖書 箴言 27章9節)

多分、駐在したばかりの方にも、こんなギフトって嬉しいと思う。
今後、友人達が本帰国した時には、こんな思いやりギフトを用意して駆付けたいなって思いました。

日本の友人一人一人に連絡できない状況でも、ブログを見てくれた友人から声をかけてくれたり、知人のつてで教会に連れて行っていただいたり、古い友人も新しい出会いも・・・

神様は求めた通り、善いものを必要な時に与えて下さいます♬
本当に、人脈は宝です。

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テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

【 2011/10/05 11:31 】

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悲しむ者は幸いです
聖書の言葉は時に難しく、普通に理解できないことがあります。
神の国の言葉であり、奥深く・・・。

新約聖書マタイの福音書5章の中にイエスさまの語る「幸い」について記されていますが、そこも私には難しく何度も何度も読み返した部分でした。(下部に転載してます)

帰国が近づくにつれ、不安はないものの、喜びよりも寂しさと悲しみが強まりました。
旅立つ者より残される者の方が寂しいと言いますが、
日本からコロンバスに来る時は「何れ戻る」という余裕があったけど、今度は戻れる確約もない。
ここには、日本に戻る友人達とそうでない友人がいる。当たり前だったことが失われる。

空港で皆と別れてからは涙々で、心にポッカリと穴・・・どころじゃなくて、とにかく心を強めて頂ける様、癒して頂けるよう祈るしかなかった。

「悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。」(マタイの福音書5:4)

悲しめば悲しむだけ神様の愛を感じました。

帰国後、友人から届いたメール・・・

ある先生が別れを悲しむお子さんを見て 
「それは悲しかったね、さびしいね、でもそんな友達がいるなんて◯◯はとても幸せね。本当に幸せ」
と慰めてくれたそうです。

“ You can make new friends, but you can't make old ones. ”

そうですね、幸せなんですね。

幸いに美しく

日本に到着して、見上げた空は幸いにも美しく。

帰国者が受ける、逆カルチャーショックが全くない訳ではないけれど、その中で悪い部分ではなく、良い部分を心に留めていこうと思いました。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について感謝しなさい。
( テサロニケ人への第一の手紙 5 : 16 ~ 18 )

失ったものではなく、持っているもの残されたものに感謝し、過去に頂いた恵みや新たな恵みを数えることで、心が強まります。
ありがとうございます^^

移動中の夕日+++++++++++++

マタイの福音書5:1-12

1 この群衆を見て、イエスは山に登り、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。 2 そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて、言われた。 3「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。  4 悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。  5 柔和な者は幸いです。その人は地を相続するからです。  6 義に飢え渇いている者は幸いです。その人は満ち足りるからです。  7 あわれみ深い者は幸いです。その人はあわれみを受けるからです。  8 心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。  9 平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。  10 義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。 11 わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。 12 喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前に来た預言者たちも、そのように迫害されました。」

テーマ:人生を豊かに生きる - ジャンル:心と身体

【 2011/10/01 16:24 】

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震災を切っ掛けに
何もかも失った時に、本当に大切なものに気付かされる。

東日本大震災:いま、あなたの宝物は何ですか?から一部抜粋

『84歳~胸の中の思い出。自宅も流され、何も見つかっていない。妻も行方不明のままで、連日地域住民と捜索を続けている。「宝物は胸の中のたくさんの思い出だ」』

被災者の見つけた宝物話を読みながら、切なくなりつつも彼らの笑顔に「人間って強いな」って励まされる。

全てを失った時、再び目にすることが出来ない、手に取ることも出来ない『記憶』が宝物となる・・・。
なんとも切ない、けれど良い思い出があるだけでも、命が残ったことだけでも幸せだと思える。

心の支えとなるものは色々あるけど、本当に大切なのは・・・『生かされている』ということではないか。

きっと、この震災で、『なぜ生かされているか』を思い巡らした方も多いのではないでしょうか?

天災は地球が生きている限りどうにもならないことだけど、原発に対しては人災であり開発し続ける人間の傲慢さ、それを反対しつつも利用していた自分、全てが罪深い。

求めて向上することは素晴らしいことだけど、本当に大切なことを見失っているのではないか?


新約聖書 ルカ12章13~21 「愚かな金持ち」のたとえ  

13 群集の中のひとりが、「先生(イエス・キリスト)。私と遺産を分けるように私の兄弟に話してください。」と言った。
14 すると彼に言われた。「いったいだれが、わたしをあなたがたの裁判官や調停者に任命したのですか。」
15 そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人の命は財産にあるのではないからです。
16 それから人々にたとえを話された。ある金持ちの畑が豊作であった。
17 そこで彼は、心の中でこう言いながら考えた。『どうしよう。作物をたくわえておく場所がない。』
18 そして言った。『こうしよう。あの倉をこわして、もっと大きいのを建て、穀物や財産はみなそこにしまっておこう。
19 そして、自分のたましいにこう言おう。「たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。」』
20 しかし、神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
21 自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりだ。

このたとえ話を読み、豊かなことが愚かなのではなく、その使い道と心のあり方が問題なのだと気付かされた。
そして、どんなに欲して蓄えても、全てが良い方向へ進むとは限らないということも。

続く・・・

ご訪問ありがとうございます。
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【 2011/05/18 20:23 】

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笑顔でいていいんだよ
震災の映像やニュースを見続けていると「急性ストレス障害」や、長期化すれば「心的外傷後ストレス障害」になりかねない。

時にはリフレッシュも必要。

被災地の方々の気持ちを考えると、この平穏な日常と、遠く離れ画面や紙面でしか情報が得られないと言うことが、私達をこんなに苦しませるものかと思い知らされました。
時に、どうしようもないほど深く暗い闇に包まれてしまう。

支援活動を進め始めて忙しくなり、光を目指すようになりました。

自分が無事で居ること、楽しむことが申し訳ない・・・なんて思っちゃ駄目だよね。
私達が元気出さなきゃね。

支援活動というのは目に見える活動が注目されるけど、
個人で寄付を続けること、祈り続けること、何らかの形で被災者を励まし続けること、形にこだわらなくていいと思う。
ただ私の場合は、こうして動けることで心が救われています。

この活動で素敵な案を頂いたので、ここにシェアさせてください。

あるアメリカ人女性の話
「寄付だけではなく気持ちも伝えたいから、何かメッセージを書けるものを用意して欲しい。そして現地に送って欲しい。」
「メッセージを書いた紙を空からばらまきたい、ちいさなテディベアを空から子供たちに送りたい。」

どうか、一日も早く日本の現状が安心できる日がきますように。

テーマ:心と身体 - ジャンル:心と身体

【 2011/03/19 01:02 】

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伝書鳩的行為は正しいか
「伝書鳩的行為」とは、私が勝手に命名した好きではない行為。

地域や学校などの連絡網とは違う。

しいて言えばうわさ話系の行為。

誰も頼んでいないのに、親切心か嫌味か?「○○さんがあなたのこと、こう言ってたわよ。」と、直接本人に伝える行為をそう呼ぶ。まさか本人に伝わると思わずに発言した○○さんも不憫であるが、自業自得である。陰口なんて、本人に伝わってしまうもので・・・ね。

しかし、この行為に好感が持てないのは私だけだろうか?
私自身、褒めていただけるのは嬉しい。
が、稀に・・・
褒めているのに、受け取り手によっては嫌味として受け取る場合もあるので、またまた厄介。

○○さんと具体的に言わなくとも「あなたのことこんな風に言ってる人がいるから気をつけて・・・」なんて伝言も同じ部類に入ると思われる。
親切心で言ったとしても、本人からの信頼を失うかもしれない?

私が本当に心優しい人だなと思うのは、人のうわさ話に惑わされずに接する事ができる人。
例え噂話を耳にしてしまっても、それを本人に言わずに自分の考えで付き合っていける人。


また、人の考えを憶測で他人に伝えるのも困りもの。これは、私自身も気をつけないといけない。


具体的に例を挙げると・・・
静かにするべき場所で自分の子供が騒いでしまう時、ついつい言ってしまう・・・
「あのおばちゃんが怖い顔で見てるよ」とか、「静かにしないとおじちゃんに怒られるよ」とか・・・
外来でよく聞くお母さん達の言葉「静かにしないと先生に注射されるよ!」「看護師さんに怒られるよ」って、これ以上子ども達に恐怖心を与えてどうするの?と思う。
言われている看護師としては、聞き捨てならぬ発言である。(昔の話)


どちらも責任を問われない、他所様の言葉である。

※「有名な○○さんがこんなことをおっしゃっていました。だから、こうしませんか。」というのは、ここで取り上げている行為とは全く別の話し。



静かにするべき場所(例えば病院)で落ち着かない子ども達に言うべきことは、ここはどういう場所で、騒がしくするとどんな影響があるか?自分が逆の立場だったらどんな気持ちになるか?そういうことを伝え、一緒に考える時間が必要なのではないだろうか。



うっかり発言も多い私・・・これからも発言を人の責任にせず、自分の言葉に置き換えて、自分の考えを述べていきたいと思う。

テーマ:日々の暮らし - ジャンル:ライフ

【 2008/02/08 16:45 】

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