「伝書鳩的行為」とは、私が勝手に命名した好きではない行為。
地域や学校などの連絡網とは違う。
しいて言えばうわさ話系の行為。
誰も頼んでいないのに、親切心か嫌味か?「○○さんがあなたのこと、こう言ってたわよ。」と、直接本人に伝える行為をそう呼ぶ。まさか本人に伝わると思わずに発言した○○さんも不憫であるが、自業自得である。陰口なんて、本人に伝わってしまうもので・・・ね。
しかし、この行為に好感が持てないのは私だけだろうか?
私自身、褒めていただけるのは嬉しい。
が、稀に・・・
褒めているのに、受け取り手によっては嫌味として受け取る場合もあるので、またまた厄介。
○○さんと具体的に言わなくとも「あなたのことこんな風に言ってる人がいるから気をつけて・・・」なんて伝言も同じ部類に入ると思われる。
親切心で言ったとしても、本人からの信頼を失うかもしれない?
私が本当に心優しい人だなと思うのは、人のうわさ話に惑わされずに接する事ができる人。
例え噂話を耳にしてしまっても、それを本人に言わずに自分の考えで付き合っていける人。
また、人の考えを憶測で他人に伝えるのも困りもの。これは、私自身も気をつけないといけない。
具体的に例を挙げると・・・
静かにするべき場所で自分の子供が騒いでしまう時、ついつい言ってしまう・・・
「あのおばちゃんが怖い顔で見てるよ」とか、「静かにしないとおじちゃんに怒られるよ」とか・・・
外来でよく聞くお母さん達の言葉「静かにしないと先生に注射されるよ!」「看護師さんに怒られるよ」って、これ以上子ども達に恐怖心を与えてどうするの?と思う。
言われている看護師としては、聞き捨てならぬ発言である。(昔の話)
どちらも責任を問われない、他所様の言葉である。
※「有名な○○さんがこんなことをおっしゃっていました。だから、こうしませんか。」というのは、ここで取り上げている行為とは全く別の話し。
静かにするべき場所(例えば病院)で落ち着かない子ども達に言うべきことは、ここはどういう場所で、騒がしくするとどんな影響があるか?自分が逆の立場だったらどんな気持ちになるか?そういうことを伝え、一緒に考える時間が必要なのではないだろうか。
うっかり発言も多い私・・・これからも発言を人の責任にせず、自分の言葉に置き換えて、自分の考えを述べていきたいと思う。
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例えば、一般に怖がられている人には挑んでしまう事がある。結果、仲よくなってしまった事も。
子供達も「誰かが言うから」ではなく、「自分で考えて行動出来る」ようになって欲しかった。マニュアルが必要な事もあるけど、想像力を使って、臨機応変に対応する事こそ、複雑な現代社会で必要な事では無いかと思う。